………… お金出して買うだけ損だな。
手の中に情けなく転がる鍵を一瞥し、そのままジャージのポケットに放り込む。そうしてそっと扉を開けた。
見回りの時間が何時なのかは知らない。
目と耳に神経を集中しながら、三階の教室へ。
休み中も清掃会社は入れているのだろう。廊下も階段も綺麗に磨かれている。
掃除当番というものもあるが、机の間を掃き掃除するだけ。雑巾などの掃除用具は、存在しても出番はない。
薄暗い中に伸びる、滑りそうな廊下。薄っすらと月明かりが差し込んでいる。
――――― 月か
出ていることにすら気づかなかった。
夜の学校は、恐ろしいというよりもむしろ美しい。
煌びやかな笑い声を立てる生徒など、存在しない方が場が清らぐ。そんな気がする。
相変わらず周囲の音と気配に集中しながら、二年三組の前で一度足を止めた。
別に他のクラスでもよいのだが、なんとなく自クラスの前まで来てしまった。
手を掛けた扉は、音も無く開く。
ガラガラといった、学校特有の音など出ない。金の掛かった校舎の扉は、そんなに重いものではない。
手応えすらあまり感じさせない扉を嘲り、教室へ一歩足を踏み入れた。そしてもう一歩――――
グズグズと、無人の教室を堪能している暇はない。まっすぐに掲示物へ。
校内模試の順位表。各科目と総合の上位二十人。小さな活字の並ぶその貼り出し物の前で、美鶴はなぜだか背筋を伸ばした。
総合
一位 金本 聡
二位 大迫 美鶴
英語A
一位 大迫 美鶴
二位 金本 聡
三位 吉原 久羅々
四位 山脇 瑠駆真
英語B
一位 金本 聡
二位 本田 和正
三位 長谷川 亜衣
四位 ……――――
回答をミスした英語Bでは、上位二十人の中に美鶴の名はなかった。
………………
いつ見回りが来るとも知れない。だが美鶴は、その場から動くことができない。
―――― 聡だったのか。
意外だ。実に意外だ。
まさか聡に負けていたとは、思いもよらなかった。なぜなら聡は、小学生の時から、あまり勉強が好きではなかったから。
成績が良かったという記憶はないし、転校後や中学に上がってからも、テストで良い点を取ったなどといった話は、聞いたことがなかった。
英語で53点を取って、喜び勇んで報告に来たのを思い出す。
美鶴の知る聡の学力は、その程度のものだ。
唐渓に転入できたのだから、そこそこの学力は付けてきたのだろう。それは想像できた。だが、これほどまでだとは思わなかった。
――――― 知らなかった。
瞠目したまま身動きの取れない美鶴の耳に、低い声が響く。
「いけないな」
心臓の止まる思いで振り向いた先。長身の少年が、扉に背凭れて笑う。
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